エピローグ

 

 

 

 

 

 血盟城の背後、端山を登った先にある場所は眞魔国で最も、尊い。

 最も尊い存在の御霊が安置されているどこよりも重要な社の庭は、夏のさんさんと輝く日差しを受けて明るい光に溢れている。

 

 初夏は過ぎ、過ごしにくい夏が来ていた。

 その強い日差しを和らげるように風がざわざわと木々を揺らす。暑い暑いとは言っても、水に花に緑にと自然溢れるその庭は、他よりは幾分涼しげである。

 

 その端の方、入り口付近にふたりの人物が姿を現した。

 体躯も髪の色も対照的と言って言いほどに違いのあるふたりは、太陽の眩しさを避けるように木陰に移動する。

 

 とんと大きな木の幹に体を預ける少年と、その傍らに従う男の姿は傍目に見てもごく自然で、彼らの親密さを物語る。けれどそこに生々しさは感じられない。

 実際には身分が大きく隔たるふたりではあるが、彼らの間には対等に互いに対する尊敬と信頼があるように思われた。

 

 男が何か言い、少年が頷く。何を語っているのかは彼らにしか分からない。

 そうしてしばらく楽しげに話していた彼らの間に、微妙な間のようなものが出来て、後。

 男が尋ねた。

 

「あの方のこと、好きだったんですか?」

「さあ、どうかな。あの感情が彼のものなのか僕のものなのか、正直今でも判断がつかないんだ」

 

村田は苦笑する。やはり、彼と自分を完璧に分けて考えることなど不可能なのかもしれない。だったら、自分はいつまでたっても中途半端な存在のままなのかも知れないと思う。

 

「いいんじゃないですか、それで」

「え」

 

ぼんやりしていた村田は、想像もつかなかった言葉に一瞬頭の中が真っ白になった。

 

「いい…?」

「ええ」

 

ふと気づくと、青い双眸が―――彼が恋焦がれる彼のものではない、深い緑に近い青い瞳が。

 村田に向けられていた。

 

「かの大賢者様も含めた今の貴方が、猊下なんだからそれでいいじゃないですか」

 

なんでもないことのように告げるグリエに対し、受け取る方は眞王の言葉を授かる時の言賜巫女のように神妙な面持ちで聞いていた。そんな村田の様子に僅かに居住まいを正してグリエは続ける。

 

「俺は今のままの『村田健』猊下が好きですよ」

「……」

 

あっけに取られた顔をする大賢者は、きっとグリエの言葉を正しく受け取ってはいないだろう。おそらくグリエはそれを理解しながらも、あえて訂正しようとはしない。

 村田は眉根をぎゅっと寄せて、きつく、奥歯を噛み締めた。でなければ泣いてしまいそうだった。

 

「……今なら身長差なんて気にしないで君をエスコートしたい気分だよグリ江ちゃん」

「仰せのままに、猊下」

 

目の端に浮かんだ雫に気づかない素振りで、おどけた様子でグリエは手を差し出す。村田もまた、涙も、そして心をよぎる影をもうやむやにする笑顔を見せて、差し出されたグリエのその大きな手を。

 

 手を。

 ―――強く、握った。

 

 

 

 

END

 

>>あとがき