久遠の虚像

 

 

 

 

 

 ―――そもそも。

 

 ひたすらに城へ向かって小道を駆けるグリエは馬上で、手綱を決して緩めることのないまま思考を巡らせる。彼が今まで感じ、そしてたどり着くその寸前でなぜかいつも逃してしまった疑惑を、今度はしっかりと捕まえていた。

 

 グリエは考える。

 

 (そもそも、なぜ猊下だったんだ?)

 

 眞王が村田を呼んだ理由は、失われた伝説の大賢者の代わりを務める者が必要だからというものだった。確かに村田はかの賢者にも劣らないほど美しい双黒を見に宿している、眞魔国的に言えば絶世の美少年だ。しかし、かの人に似ているかと問われればグリエは否と答える。

 無論、知性に溢れた雰囲気や冷静な頭脳など、似通っている点はいくつも見受けられる。しかしそれは彼の魂を持つ者なら皆そうなのではないだろうか。

 

 グリエは村田以外の賢者を知らない。

 彼の前の賢者や、前の前の賢者を見た事などない。唯一、彼の魂の最初の人であるのだろう人物を絵画の向こうに垣間見たことがあるくらいだ。だから確かなことは言えないが、それでも自分の予想はそう外れてはいないはずだとグリエは思う。

 

 おそらく。

 眞王は、村田健という少年を自ら選んだのだ。

 

 何の証拠もないけれど、しかしグリエは自分の結論が間違いないだろうことを確信していた。

 

(でも――、なぜだ?)

 

 確信してはいたけれど、さすがに理由までは思い当たらない。激しく振動する馬の背中に跨ったままグリエは険しく前を見据えた。

 

 どんな理由にしろ、始まりの王に選ばれてしまったことは村田にとって、そして自分にとって――いや、きっと自分たちが本来いるべき場所である眞魔国の面々全てにとって。

 決して思わしくない事態であることだけは確実のような気がグリエにはしていた。

 

「………猊下」

 

城はもうすぐそこに見えていた。

 

 

 

***

 

 

 

 グリエが城に着いてすぐにその場所に向かったのは、彼の中の予感が彼を急かしたからだったのかもしれない。そしてその判断は正しかったと言える。

 ただ、状況は決して彼に優しくはなかった。

 

 恐ろしいほど長く続く廊下の端にグリエがやっとたどり着いたとき、遠くに見える人影はひとつではなかった。

 ぼんやりと小さく見えるのは眩しい金色と眩むような黒で、グリエは舌打ちをして既に限界のスピードを更に超えようとする。

 

 けれどもその瞬間、おぼろげながらも確かに目に認めていた2人の姿は跡形もなく消え去ってしまった。

 

「っくそ!」

 

息を切らしながらも悪態をつき、もはや誰もいない場所に向かってそれでもグリエは猛進した。

 

 走りに走って目的の場所に到着するが、無論、王も賢者もいはしなかった。

 

「ッはあ」

 

並の鍛え方をしていないはずの逞しい体が全体的に上下する。筋肉が悲鳴を上げているのがグリエ自身分かった。そんな中でふと上腕に目がいって、グリエは自分の本来の王の笑顔を思い出した。彼はこの肩をいたく気に入っていた。

 

「陛下」

 

呟いて顔を上げると、目の前に王と賢者の肖像画が静かにこちらを向いていた。美貌の青年と怜悧な麗人。じっと、まるで睨んでいるかのような鋭い目つきで、グリエはこの国を、眞魔国を、はじめから今に至るまで牛耳っている2人の偉人を見つめる。

 

 グリエは確認する。

 

 彼は己の王ではなく。

 彼は己の賢者ではない。

 

 自分にとっての王はどうしようもなく甘いけれど誰よりも国と民に心を割く強く優しい少年で、そして自分にとっての賢者は。

 

 腹が立つほどに頭が切れるが、そのくせ頑なで自身を省みない本当に困った方だけれど、その小さな体全身で全てを支えようとする呆れるくらい真摯な少年だ。

 

 そうしてそんなただの少年に自分は。

 

 そこで意識的に思考を止めてグリエは彼らを見据える。

 

「………猊下は返してもらう」

 

 男は腹を括った。

 腰に差した剣の柄を握り、精神を集中させるために目を閉じる。

 

「……、」

 

しかし微かな違和感を覚えて一度閉じた目をすぐに再び眼前の人物に向けた。

 

「…………?」

 

じっと、穴があくのではないかというほどに伝説の二つの黒い瞳にグリエは自身の視線を合わせる。

 そして次の瞬間にはハッと目を見開いていた。

 

「!」

 

僅かにだが、確かに。絵画の中の賢者の双眸が揺れていた。

 

 

 

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