6.そろった布石

 

 

 

 

 

 天井に届くほどのいくつもの棚の中に整然と並べられている書物の数々。静か過ぎてむしろ耳が痛くなるような感覚に襲われながら、コンラートはその部屋の知識の山をぬって出口へと向かっていた。

 今年の夏が暑いとはいえ、朝の早い時間であればそうでもない。冷房設備が整っている室内ならばなおさらだ。

 

 ひと仕事終えて、注意深く辺りに気を配りながら歩いていた彼の足がふと止まる。

 

「………」

 

彼が目の先に捉えたのは、何の変哲もない窓ガラスだ。さして注意を引くようなものではないが、コンラートはその向こうにある空に惹かれでもしたかのように進行方向を変更した。

 

 コンコン、と叩いてみる。

 無論何が起こるわけでもない。彼は少し考えて、厳重に施錠された窓のサッシに手をかけた。

 

 ヴ――――――ン

 

 しかしそのとき、胸元が低いうなりを上げる。男は伸ばしかけた手をリターンさせて振動を伝える物体をつまみ出し、耳に当てた。

 

「はい」

 

念のため左右を見回して人がいないことを確認してから声を出すと、耳慣れた声音が鼓膜に伝わる。

 

『俺だ、隊長』

「ああ」

『そっちの塩梅は?』

「……ヨザ」

 

一方的に会話を始めた男にコンラートは、たった今開けようとしていた窓に今度は背を預けてたしなめるような口調をつくる。

 

「首尾が整ったらこっちから連絡すると言わなかったか」

『分かってる』

 

分かっていないから言ってるんだというもっともな諫言を、けれど口にはしない。彼と電話の相手の付き合いは長い。いつも冷静沈着で正確なその仕事ぶりをコンラートは高く評価していたし、兄弟のように育ってきた相手に対して信頼を置いてもいた。

 そんな彼が、今回のミッションに限って落ち着きをなくすその理由を解っているから言葉にしかけた小言を胸のうちに収めた。

 

「ヨザック」

 

声色に何かを感じ取ってくれたのか、電話の向こうで押し黙る気配がする。何もかもが常の相手と違い過ぎる状況に思わず場違いにも微笑んでしまった。

 

(まったく、あのひとは)

 

自然と脳裏に浮かんできた、幼馴染をこれほどまでに破天荒にさせる人物を思い描きながらコンラートは努めて冷静に、そしてなるべくやさしく聞こえるように声を出した。

 

「大丈夫だ。準備は万端、整った」

『そうか』

「あとはお前次第だ」

『…………』

「返り討ちにされないようにな」

『馬鹿言え』

 

彼の声の調子に落ち着きが戻ったのを感じ取って、手首にはめられた時計に目だけ遣る。どうやら長居をしすぎたようだ。

 

「そろそろ時間だ、切るぞ」

『ああ』

「とにかく、あのひとは今夜ここに来るはずだ。それだけの条件が揃っている。……しっかりやれよ、ヨザ」

 

わかった、と返答があるとほぼ同時、かかって来た時と同じように一方的に電波が途切れた。少しの間手の中の細長い物体を見ていたコンラートだったが、やれやれともとの場所へと仕舞って窓際を離れる。そろそろ開館時間が近い。こちらとてぐずぐずしている暇はなかった。

 

 

 

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