4.朝の隙間から落ちてきたもの

 

 

 

 

 

 有利は義理堅い日本人だ。

 自分が日本人であることを誇りに思っているし、謙虚と義理人情を重んじる日本の風習を好ましいと考えている。

 有利にとって、受け取った恩は返さなければならないものだ。

 

 というわけで、今、有利は人探し中だった。

 もちろんターゲットは先日、日本食欠乏症に陥っていた有利を救ってくれたあのイギリス人だ。本当はあの夕食のあとにすぐに探そうと思っていたのだが、何やらこの名門であるはずのパブリックスクールを狙っている輩がいるとかで、コンラートとヴォルフラムに早々に部屋に帰されたために実行できなかった。

 

 夕食時に部屋に戻ったほうが良いといわれたので、夜は危険、ということか。

 

 そう解釈した有利は朝早くに寮を出て、夕食時まで空いた時間を見つけては彼を探し回っているのだが。

 

「ま、そう簡単に見つかるわけないよな〜。なんてったって金髪碧眼の国だからな、ここ」

 

あーあとぼやきながら中庭を行く彼は、ほとんど人がいない朝の時間はなおさら人探しに向かないというのをどうやら気づいていないようだ。

 

「まあでも気持ち良いからいーや」

 

散歩散歩〜と、てくてくと鼻歌なんて歌いながら朝の露がまだ乾いていない木々の合間や草の上を進んでいく。

 右手には由緒正しいバロック調の荘厳な校舎が続いており、左手からはその高い建物に覆いかぶさるように伸びるこちらも古い大木から伸びる無数の木々が、朝露を含んだ葉をたわわに茂らせている。

 確かに朝の散歩にはもってこいの場所で、有利の朝の探索はもうほとんど目的が変わっているも同然だった。

 

「っくああー」

 

うん、と両腕を頭の後ろで交差させる。地面に茂る草が水気を含んでいなければ、寝転がってひと眠りするところだ、と有利が思ったときだった。

 

 不意に影が差した。

 

「え?!」

 

と、思って覚えず顔を上げた瞬間、目の前が真っ黒になった。

 

「ええ?!」

「しっ」

 

驚きに声を上げるその真上で何やら声が振ってきたと思ったら次の瞬間には、真っ黒の二つの目玉が文字通り目の前に現れて有利は息を飲む。決して発された言葉の意味を理解している訳ではなかったけれど、有利は彼の思惑通り口を閉じた。

 

 その動きがスローモーションに見えた理由は分からない。

 目と鼻の先に、有利にとっては懐かしい、故郷を感じさせる顔が現れて、有利の唇に指を一本置いた。それにどきりとする暇もなく口を閉じたとたん指先は離れ、突然現れた少年は落下を止めた。

 地面に降り立ったのだとすぐには理解できないほど見事な着地だった。

 

「え、と」

「まいったなー。まさか人がいるなんて思わなかった」

 

どぎまぎする有利に彼は困ったようにひとりごちてから固まっている相手に声をかける。

 

「ごめんね、人が下にいるとは知らなくて。びっくりした?」

「え、や、まあ」

 

―――ていうか。

 

「お前、どこから…」

 

目を白黒させながらも至極もっともな意見を口にする有利に、目の前の少年はちょっと顔色を変えて、けれどすぐににこりと笑った。

 

「うーん、困っちゃうくらい的確な質問だね。まあしょうがないか、僕のミスだ。上だよ」

「うえ?」

 

彼が指差した先には、有利もよく知る大きくて古くて、そして少なくとも十数メートル先までは窓がない、校舎の壁が広がっていた。

 

 

 

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