2.東からの訪問者

 

 

 

 

 

 熱い日々が続いていた。

 イギリスの夏は涼しいだなんて事前情報はまるで当てにならなかったと、頭脳だけはりっぱな兄の小憎らしい眼鏡面を思い出しながら有利はぐだぐだとテーブルの上に沈む。

 

「あーちーい」

「まったく、お前はどうしようもないへなちょこだな!」

 

しかし、暑さに参っている有利にかかった声は彼を気遣うものではなくここ数日の間に聞きなれた叱咤である。

 

「まあまあヴォルフ。確かに今年の夏は例年からは考えられないくらい暑いじゃないか」

 

そんな手厳しい台詞を受けてフォローに回るのは、これまた最近知り合った男のものだ。

 

「ヴォルフもコンラッドも、よくそんな涼しい顔してられるよな。2人とも実家こっちなんだろ?俺より暑さに弱そうなのに」

 

有利は2人の顔を見やりながら相変わらずだらしなく手足をテーブルの上と下とに放り出しながらぼやく。

 

「お前とは鍛え方が違うんだ!」

「なんだよそれー」

 

憤慨するように言うヴォルフ――正式にはヴォルフラムという名の彼は、ハニーブロンドの髪に陶器のようなきめ細かな肌とエメラルドグリーンの瞳を持つ美少年だ。

 

「ユーリ、そろそろ戻ろうか」

 

彼らの会話の頃合を見計らってそう促すコンラッド――こちらも正式にはコンラートと言う――は、ヴォルフラムとはまた一味違うが、濃い茶の髪と薄い茶色の瞳のグラデージョンが涼やかな色男である。

 顔が良いという点以外、容姿も性格も全く違うふたりだが、実は腹違いの兄弟だと言う。聞いたときには飲んでいたジュースを噴き出すくらいには驚いた有利だ。

 

 ともあれ、2人とも有利がイギリスに来てから初めて出来た友人であり、それからよく3人でつるんでいるというわけだ。

 

 有利がイギリスに来たのは、日本の学校が夏休みに入った頃でまだ季節は初夏だった。彼の通う私立高校は自由度が高く、大学並の長期休暇を誇ることで有名だが、また、その敷居の高さにおいても世間に知られていた。

 所謂、入るためには頭と金が必要な、坊ちゃん高校なのである。

 有利の場合は内部進学なので、前者のタスクはさほど必要ない。それは実は有利にとってはコンプレックスでもあったりするのだが。

 

 とにかく、長い夏季休暇をどう過ごすかを持て余した有利は父親の勧めで以前住んでいたことがあるイギリスに短期留学することに決めた。帰国子女である有利は日常会話程度なら差し支えなく英語を操ることが出来るのだが、如何せん、日本にいると生の英語を使う機会は全くないと言って良い。

 せっかく身につけたものを手放すのも勿体ないと家族に勧められ、イギリスという国に対する懐かしさも手伝って、渋谷少年はこの国に降り立ったのだった。

 

 そこで自分が、忘れられない出会いをするなどとは思いもしないで。

 

「てかさ、俺はともかく2人は英語の授業は出なくてもいいんじゃないか…?ぺらっぺらじゃん!」

「ユーリだって上手ですよ?」

「レベルが全然違うだろー!!」

「うるさい奴だ!ぐずぐずしてないでさっさと行くぞ!!」

 

そして、彼らとの出会いもまたただの偶然ではなかったことも、このときの有利はまったくもって、これっぽっちも知らなかったのだった。

 

 

 

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