17.思いもよらぬ乱入者

 

 

 

 

 

 村田の視線は有利の後ろ側に向けられていた。それを認識した途端に後ろに人の気配を感じ取って慌ててかぶりを振る。

 

「!」

 

暗闇に慣れた目の前に浮き上がったのは、有利にとっては意外なことに見知ったものだった。

 

「こんばんは」

 

駄目押しに耳に飛び込んでくる穏やかな声。暗くて髪も瞳の色も分からないけれど、背格好は紛れもなく。

 

「こ、こ……コッ」

「むやみに声を出そうとするなこのへなちょこが」

「!」

 

状況も忘れて相手の名前を叫びそうになった有利を諌めたのは、これまたここ最近の間にめっきり馴染み深くなってしまった声のトーンで、有利は再び絶句する。

 コンラートの後ろからすうっと物音ひとつ立てずに現れたのは、闇の中でも判別出来そうなほど見事なブロンドを持つ天使のような容貌だ。

 

「さんざん早めに帰寮しろと言ったのに、おまえというやつは」

「…………ヴォルフ」

 

聞き慣れすぎた彼の小言に有利は一瞬、膝がくずれるかと思った。気が抜けたのだ。驚きと緊張の連続だった今夜の有利にとって、彼らの見慣れた顔と聞きなれた声はひどく懐かしいものだった。

 

「2人とも、なんで…」

「その話は後だ、ユーリ」

 

呆然とした呟きを普段よりも押し殺した低い声が遮る。有利を見つめていた視線を外してヴォルフラムはその後ろへと顔を向けた。彼の隣にいるコンラートは既にこちらを見ていない。

 彼らが今見ている存在に思い至って、気づく。すぐ傍に感じていた彼の体温がいつの間にかなくなっていた。

 

 有利はがばりと体ごと振り向いた。

 彼は、そこにいた。ただし有利といくばくかの距離を取って。

 

「お久しぶりです」

 

わずかの間流れた沈黙を破ってコンラートが彼らしい柔らかい口調で村田に挨拶をするのを聞いても、有利は驚かなかった。――ただ。

 

「そうだね」

 

答えた村田の声とその雰囲気が先ほどとがらりと変わっていることに気づかないわけにはいかなくて、それには思わず唾を飲み込む。

 ついさっきまで触れていた彼の手の感触は今はもうない。有利と村田との間には3歩程度の距離が出来ていて、けれどそれ以上に自分達の間の何かが遠のいてしまっているような気がする。何がと問われても答えることは難しいけれど、確かに、何かが。

 

「村田…」

 

途惑いながらも辛うじて名前を呼んだ。村田はそれに答えるように有利を見て、少し目を細めたけれどすぐにその笑みは払拭され、それと同時に彼の視線も離れていく。

 次に彼の口から発された声は、ひどく硬質で義務的だった。

 

「久しぶり、ウェラー卿、フォンビーレフェルト卿。……お互い、あまり歓迎できる再会ではないだろうけどね」

「……げい、」

「でも悪いばかりでもないかな」

 

相手の介入を許さないきっぱりとした口調で、少年怪盗は有利の後ろに立つ兄弟を見遣って言葉を続ける。

 

「サラレギーが来てる」

「……みたいですね」

「知ってるなら話は早いよ」

 

さすがだね、とにこりと笑う彼の笑顔は今まで有利に見せてくれたどの笑顔とも違っていて、その綺麗と形容していいだろう表情はむしろ有利の眉を潜めさせた。

 

 村田の体がさらに一歩、後ろに下がる。

 またひとつ広がった彼との距離を戻そうとする間も与えずに相手はいっそ潔いほどに言い切った。

 

「渋谷を頼むよ」

 

タタタタタン!

 

直後、彼らの間をひき裂くかのように幾つもの硬い刃が地面に突き刺ささる音がして、のち。

 

 はじめて出会ったときの別れ際と同じように忽然と彼の姿は消えていた。

 

「村田!」

 

有利は自身の危険も省みず叫んでいた。まさかこんなにもあっけなく別れが来るなんて思ってもいなかった。ましてや別れ際の一言は、自分に向けられたものですらない。

 

 そしてさらに残酷なことに、あまりにそっけない村田の姿がこの国での彼を見た本当の最後になることを、このときの有利はまだ、実のところ、少しも理解していなかったのだった。

 

 

 

 

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