15.告白

 

 

 

 

 

 「わ、村田?!」

 

 思いがけず、文字通り目の前にあらわれた顔に有利は驚いた。そして同時にあれ、と思う。

 

「………俺?」

 

なにしてたっけ、と首を傾げる有利に目前の瞳がふっと優しく細められた。間近で微笑む相手の顔が無性に綺麗に思えてしまって浮かんだ疑問がつい霧散する。

 目を覚ます前のあれこれと、妙に違和感のある覚醒感を有利は見事に掴み損ねてしまった。

 

「え?と、…なんだっけ」

「渋谷」

 

けれど、村田の視線がその手放しかけた諸々を少しずつ少しずつ有利の手元に戻していく。まなじりは下がっているのにやけに目の芯に力があって、容易には逸らすことも出来ない視線だ。

 

「村田…?」

「楽しくなくても、君は知りたいと思うんだろうか」

「……」

 

そうして彼の言葉によって、目覚める前のやりとりが完全に脳裏に蘇った。

 と、同時に不思議な思いに駆られる。

 先刻、相手は有利がそれを追求することを拒んだはずだった。どのような手段を用いたかは分からないが、問い質そうとした自分を眠らせようとした彼の意図はあまりにも明らかだ。

 

(なんで)

 

思わずこぼれた疑問をそれでも有利は口には出さなかった。彼の定まらない心の機微を、本能的に感じ取ったからだ。村田はまだ迷っている。距離が近いのは幸いだった。ついさっきまでは頑ななほど堅固に思えた濡れたような黒目の輪郭の僅かな揺れを有利は確かに読み取る。

 

 彼のそんな目を見たのははじめてだった。

 今、自分が言うべきことはひとつだけだと有利は思う。

 

「知りたい」

「………」

 

途端、本当に一瞬だったけれど、村田は泣きそうな表情をした。ように見えた。ほんの瞬き程度の間だったので気のせいだったかもしれないけれど。

 

「……信じる信じないは、君の自由なんだ。知ったからといってできることがあるわけでもない。それを忘れないで」

「分かった」

「……」

 

確認のように一言一言、ゆっくりと告げる村田にけれど有利は即答する。黒の少年は時間をかけてまばたきをひとつした。それは或いは彼にとっては、自分自身に対する最後の抵抗なのかもしれなかった。

 

「―――この世には、触れてはいけないものが4つあって、それは世界の存続を左右する」

 

目を開けた村田健は、有利を見ているんだかいないのだか分からない見つめ方で話し始める。

 

「あまり知られてはいないけどね。……で、簡潔に言うと」

 

そうして彼は1拍置いた。

 

「僕はそれに極近いところにいる」

「……鍵?」

 

思いついた単語を口に乗せれば村田は少しだけ眉を動かした。

 

「まあそんなところ」

「さっきの奴は、それを知ってて?」

「そう」

「………スケールのでかい話だな」

 

頭に浮かんだ言葉を口にする。村田はくしゃりと笑って、そうして口の端を1センチほど上げた。

 

「……君らしい反応だ」

「どういう意味だよ」

「褒めてるんだよ。というか…正直なんだか、拍子抜けだ」

 

あーあ、と言って村田は横を向いた。近い位置にあった視線や面立ちが離れて、話の内容よりもそっちの方に気がいく自分に有利は内心呆れてしまう。

 けれど世界がどうのなんていう話に対して、いったいどんな反応をすればいいのか分からなかった。もちろん、村田が嘘をついているなんて露ほども思わない。けれどそれを実感として感じられるかというと難しい話だった。

 すでに散々、現実離れした体験をこの夜味わっていたけれど、それでも有利は今の現状と世界を左右するほどの何かを結びつけることが出来ないでいた。

 

 本当は、今、目の前にいる少年の横顔を眺めていられているという事実自体が、奇跡のようなことだということを、少年は全く知らなかったのだ。

 

 うまい反応の仕方が分からず黙った有利を、横顔のままチラリと黒目だけが恨めしげに睨み付けてきた。

 

「結構、トップシークレットなんだけどな。えーとかわーとか、ないわけ?世界がかかってるんだよ?」

「そんなこと言われても…、よくわかんねーよ」

「君馬鹿って言われない?」

「お、おまっ!!失礼すぎるだろ!」

 

酷い言われように気色ばむ有利だが、馬鹿とまで言い切った相手はむしろそれが好ましいことであるかのように嬉しそうな顔をしている。そして彼が笑う様子を見ているうちに何やらどうでもよくなってしまうから困ったものだ。彼の笑顔が自身にそういった効果をもたらすことに、いい加減有利も気づき始めていた。

 そんな有利の複雑な心境など知らず、微笑んだまま村田は今度は目だけでなく顔ごとくるりと隣の少年の方を向いた。唐突に復活する距離の近さに有利は一瞬固まった。

 

 スッと、ごく自然に笑みを引っ込めた村田は身動きしない有利に、驚くほど真摯な眼差しを向けてきた。そんな風に見つめられることなんてはじめてで、体が更に硬直するような感覚を覚える。

 彼は視線を逸らさないまま、口を開いた。

 けれど。何かを言おうとした唇はそのまま閉じられる。

 

 そうして一瞬のうちに、彼の纏う雰囲気がガラリと変わったかと思ったと同時、勢いよく腕を引かれた。

 

「思ったより早かったな」

 

舌打ちしそうな勢いで村田はそのまま有利を抱え上げる。一気に体が持ち上がる感覚を覚えてすぐに腹の辺りが村田の肩口に当たり、彼の指によって背中がぐっと押された。

 

「ッおい!」

 

ドゴオオンン

 

たまらず上げた抗議の声はしかし、たちまち爆音に掻き消された。

 

 

 

 

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