月夜に浮かぶ罪の星 3

 

 

 

 

 

 待つことには慣れていた。

 

 何千年もの間、このときを待ってきたのだ。もう少しだ。もう少しで答えが出る。もうしばらくの辛抱だ。

 

 ああでもなぜだろう。

 今この時間は、過ぎ去った数千年よりもずっと長い気がする。

 

 渋谷。

 ―――眞王。

 

 君たちの声を聞き取る事ができない。交わされているだろうやりとりを推測する事が出来ない。

 渋谷は呑まれてしまうだろうか。眞王は本当に完全に飲み込まれてしまったのだろうか。予想がつかない。

 

 ……嘘だ。予想がつかないわけじゃない。

 そのためにフォンクライスト卿にメッセージを残したのだから。

 

 ああでも渋谷、どうか。

 恐れないで、忘れないで。君が君であることを。

 君が尊い魂であるその本当の所以を。

 忘れないで、そしてああどうか。

 

 ―――――彼を、救って。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 物事には必ず終わりがくる。幸せな時間も、そうでないときも、平等に終わりがあるから万物は生まれてそして生きることが出来るのかもしれない。

 

 目の前の少年が目を開けたとき、まさしく村田は長い待ち時間に終わりがきたことに感謝せずにはいられなかった。たとえそれが彼にとって更なる苦痛を強いる時が始まるのだとしても。

 

「………」

 

少年の、瞼を開ける動作がひどくゆっくりとしたものに村田には感じられる。息を詰めてその様子を見守っていると開いた目がすうっと細められてその少年特有の明るい顔に、笑みが浮かんだ。

 

 それはあまりに彼に不似合いな微笑みだった。

 

「君なのか」

 

声に落胆はいささかも含まれなかった。村田のその言葉はただの確認で、言ったときには既に頭は別のことを考えていた。

 

「俺の賢者よ」

 

上機嫌で彼は賢者を呼ぶ。

 

「さあ、世界を手に入れようか」

 

王の言葉に村田はただ黙って笑みを返した。

 

 ごおおおん

 ガ、ガガ……

 

 音がする。軋む音だ。笑みを浮かべたままに村田はきょろきょろと辺りを見回して再び王を仰ぎ見る。

 

「ふむ、どうやら力がみなぎりすぎているようだ」

「彼の体は君に馴染みすぎてるみたいだね」

「そうだな。さすがは俺の器だけある」

「……じきに崩れてしまうね、これでは」

「なあに、心配ない」

 

コツコツと靴音を響かせて渋谷有利の体が村田へと近づいた。彼は村田の前まで来ると、座っている彼の手を断りも入れずに引いてその手中に収めた。

 

「ひと思いに崩してしまえばいい。もうこの場所に用などないのだからな」

 

渋谷有利の手が村田の後ろ頭を押して、顔が彼の肩口へと押し付けられた。光がふたりの体を包み込み、一切の音が村田の耳から奪われた。目の前に広がるのは黒い着衣だけなので事実上視覚も奪われたも同然だ。村田は目をつぶる。

 

 エアハルト。

 フォンクライスト卿。

 

 ―――渋谷。

 

 僕はなんて無力なんだろう。

 

 村田の思考は一瞬だった。

 衝撃は僅かな間だけで、村田の聴覚はすぐに辺りの雑音を取り戻す。戻った聴覚に促されるように目を開けると、そこはやはり渋谷有利の腕の中だった。

 

「さて」

 

上から聞こえてきた常の彼よりも幾分か低い声に村田は肩口から顔を離して声の主を見上げた。

 

「まずは、披露目をしなければならないだろうな」

 

誰に、と村田は聞かない。

 

「彼らが来るのをここで待つのかい」

「そうだな。俺の僕どもが動き出しているだろうが、仮にも十貴族の末裔が揃っているのだからまあ手も足もでないということはないだろう」

「意地の悪い言い方をするんだね」

「お前ほどじゃないさ」

 

にい、と有利の顔で彼らしからぬ笑みを向けてくる王に村田は肩をすくめただけで相手にはしなかった。

 

「待つことは退屈だが、その後の楽しみを思えばまあ悪くもない」

「君、四千年の間に心根が腐っちゃったんじゃない」

「お前は四千年の間に随分と腑抜けたのではないか?」

「減らず口」

 

再び肩を竦めながら相手をねめつけるよう村田は見遣る。

 

「…懐かしいことだ」

「……………」

 

すると、思い描いていた表情はそこにはなく、今の彼らしくない、けれど有利のものでもない、敢えて言うならば記憶の中の自分しか知らないような、そんな雰囲気が目の前の少年から感じ取れて、村田は内心でひどく衝撃を受けた。

 

 しかしそれは一瞬のうちに姿を消して、すぐに王は不敵な顔に戻る。

 

「そろそろ来る頃だ。準備はいいか?俺の軍師」

「……いつでも」

 

あくまで冷静に返事を返しながら、その実村田のうちではさまざまな感情がうずまいていた。

 目の前の少年の姿をした古の王と、どこかにいるだろう彼の魂と、すぐにやってくるだろう忠実な臣下たちと、頑固で心優しかった今はいない男と、この最後の戦いの鍵を握るだろう魔剣。

 

 ひとつでも欠ければ待っているのは絶望のみ。

 村田は震えそうになる体を拳を握り締めることで回避する。

 

 待つことに慣れることなんて、本当はない。そんな生易しい時間など味わったことがない。

 それでも今の村田に出来ることは、信じて待つ、それだけだった。

 

 

 

 

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