神様ヘルプ!〜third battle〜
バタバタバタ、バタン!!
なんて不躾な音を魔王専用部屋で響かせることが出来る人間は限られてくる。 最後の音と同時に思い切りよく開かれた大きな扉を見もしないで、有利は地球から持ってきた雑誌に意識を集中させたまま声だけで来訪者を迎えた。
「どうしたー村田、慌てて。珍しいじゃん」 「渋谷!!!」
扉を開け放した勢いのままドカドカと足音を響かせて、まさしく予想通りの人物である村田健はベッドに突進して来た。
「うおっ」
かと思うとがばりと後ろから抱きつかれて読んでいた雑誌に顔を突っ伏す形になり、有利から変な声が上がる。
「いって、な、何だよ?!週間ベースボールが折れちゃうだろ?!」 「ひどいよ渋谷!!親友よりそんな薄っぺらい雑誌の方が大事だって言うのか?!」 「うすっ…?!」 「ああもう早くそんなものはこっちに投げて!」
と、村田の手が問答無用で自分的宝物に伸びるのを見て慌ててそれを片手で持ち直し、彼からなるべく離れた場所へと避難させた。
「ま、まて。話聞くから!!落ち着けって!」 「ほんと?」
途端におとなしくなって見つめてくる相手の瞳が心なしか潤んでいる気がして思わずドキリとした自分にげんなりしながら、有利は枕の隣に雑誌を丁寧に置いて、おんぶおばけ状態の村田を引き剥がし彼と正面から向き合った。ちゃんと話を聞くよ、という意思表示だ。
「単刀直入に言うと、今日から僕ここで寝るから」 「へ?」 「大丈夫、フォンビーレフェルト卿が一緒だって構わないよ!こんな無駄に広いベッド、有効活用しなきゃ勿体無いさ!」 「む、むらたさん?」
口を挟む余地すら与えないまま妙なテンションで話を進める村田には、眞王に匹敵する魔力を持つと称えられる我らがユーリ陛下も形無しである。ずずい、と顔を近づけられて、ぎゅっと手を握られて。
「いいよね?渋谷」
上目遣いまでされてしまったら、渋谷少年の顔が上下するのも仕方ないことなのかも知れないが。
「では俺もご一緒させていただいていいですよね?」
………そうは問屋がおろさないわけで。
「コンラッド?」 「…出たな変態」
突然現れた2人目の来訪者と胸元から聞こえてきた恐ろしく冷ややかな声に有利は2度驚く。
「え、と?」 「陛下、お返事をいただきたいんですが」 「へ?」 「ですから、広いベッドを有効利用しようという提案の返事を」
名前で呼べ名付け親、なんていういつものツッコミをする余裕さえ今の有利にはない。処理不能の情報が一気になだれこんできて正直飽和状態だ。 そんな有利に代わってという訳でも実はないのだが、有利と向きあっていた村田はくるりと顔だけを侵入者へと向けた。
「良いわけないだろ。君、立場弁えなよ」 「おい、むら…」 「でしたら猊下と言えど魔王陛下と寝所を共にするのはいささか問題があると思いますよ?」
随分と辛辣な発言に目を見開く有利とは裏腹に、コンラートは笑みを崩しもしないで、というかむしろ村田が振り向いてくれたことに対する嬉しさを隠せない笑顔で言葉を返す。 第一、立場云々を言ってしまったらヴォルフラムなんて不敬罪に処せられてしまうではないかという冷静な指摘をする者は残念ながらこの場にはいないようだ。
「………」 「………」
いや〜な沈黙に耐えられなくなったのは、眞魔国全土を統べる、けれど今は友と名づけ親の板ばさみに合う哀れ魔王陛下だった。
「……だいたい村田は何だって突然そんなこと言い出したんだよ」 「渋谷!」
よくぞ聞いてくれた!と言わんばかりに勢いよく振り返られた有利は、自分が地雷を踏んだことに気づいたけれど時、すでに遅し。世の中には関わらない方が幸せなことがたーんとあると、この日この時、青二才はは知った。
「僕だって理由もなしにこんな暴挙に出たりしないよ?フォンビーレフェルト卿から無駄に警戒されたくなんかないし、寝るときは1人で寝たほうがそりゃ気持ちいいさ」
だったら、と開こうとした口はけれど村田の人差し指によって半開きのまま塞がれた。途端、ものすごい殺気が村田の後ろ、遠く離れたドアの前に立つコンラートから発された気がするがおそろしくてとてもじゃないけれど目を遣ることは出来なかった。
「でもね、渋谷よく聞いてよ?毎日毎日僕が1人で寝てるはずのベッドがだよ?夜、寝に入ったらあったかいんだよ!」 「………冷たいよりあったかい方がいいんじゃないか?最近冷えるし、布団の中に入った瞬間のあの冷たさって結構堪えるんだよなー」 「そりゃあ、それが湯たんぽとか、かわいいメイドの女の子が入ってあっためてくれましたーってんなら僕だって大歓迎さ!」 「待て村田。嫌な予感がする!その先はっ」
言うな、という言葉を遮ったのは目の前で熱弁をふるう彼の声ではなくて。
「猊下のお体を冷やすわけにはいきませんから」
…………うわあ。
瞬間、有利は全てを理解した。
「コンラッド、お前が悪い」 「ユーリ?!」 「渋谷!!」
さも心外だと言わんばかりに眉根を寄せるコンラートと歓喜のあまりがばりと自分に抱きついてくる村田。
(はあああぁぁぁ)
ため息だってそりゃつきたくもなる。
「だってさすがに犯罪だろそれは。不法侵入?ストーカー?もう何罪かもわかんねーよ」 「犯罪なんて心外ですね。これはれっきとした愛の営みです」 「君と僕の間にそんな関係はこれっぽっちもないってあの馬鹿に言ってやって、渋谷」 「猊下!なぜそんなに頑ななんですか?!」 「こっちの台詞だよ!」 「………」
ああもう、めんどくせー!!!
と。 有利が胸の内で叫んだとしてもそれは致し方ないことだ。
もはや有利の襟元にしがみつきながらギャンギャンと常の彼からはありえないほどに振り返りざまに子犬さながらに相手に噛みつく友人と。構ってくれるのが嬉しいのか聞くに耐えない罵倒にいっそ見事なほどの微笑で逐一切り返す獅子と呼ばれた男。
「………………」
もうやんなっちゃった有利は、ユーリと上様の狭間の若干低めのトーンで簡潔に判決を言い渡した。
「とりあえずコンラッド、退室。これ魔王命令」
言うが早いか、出口に立っていた細身がずずず、と何かの力によって無理やりにその場からひっぺがされ、廊下にぺいっと捨てられると同時にバタンと扉が閉まった。
「………」 「……君ってそんな魔術も使えたんだ」
べんりーと相変わらず戸口の方を向いたまま感心する賢くて可愛いけれどはた迷惑な性質の悪い相棒に、有利は。
「まあな」
つまらなさそうに即答した。今のが、自分の魔術でないと分かっていたけれどこれ以上の面倒を抱え込むのも馬鹿馬鹿しい。と、枕元の週間ベースボールに癒しを求めて手を伸ばした彼の決断が正しかったのかそうでなかったのかは、また別の話である。 |