神様ヘルプ!

 

 

 

 

 

 「運命です」

 

扉を開けた瞬間、目に飛び込んできた人物を前に村田は自分の部屋に足を踏み入れるのに、躊躇せざるを得なかった。

 自信満々、その人好きする顔に眩しい笑顔を浮かべて断言するウェラー卿コンラートに、何の話だ!と突っ込みたい衝動を持ち前の自制心で押し留める。

 

 ここは血盟城にある大賢者の自室、つまりは何十代目かの「双黒の大賢者」の魂の持ち主である村田健の部屋である。決して目の前で爽やかに微笑んでいる相手のいるべき場所ではないはずなのだが、と村田は引き攣るこめかみを指先で抑えながら一応、尋ねる。

 

「何だって?」

「運命だと言ったんですよ」

「……何の話をしているのかな?」

 

引いたら負けだ!

 

 背筋にえもいわれぬ怖気を感じながら直感的に村田少年は思った。

 

「僕の知る限り運命といったらかの有名なベートーヴェンの交響曲くらいしか思い浮かばないんだけど」

「5番ですね。でも違いますよ」

「………」

 

見事な切り返しに村田は彼が長い間地球を彷徨っていたという事実を思い出して舌打ちする。眞魔国の相手に有効な、地球ネタで煙に巻くという方法はどうやら通用しないようだ。

 

「じゃあ何」

 

考えるのも面倒になって投げやりに聞くと、相手の顔がぱあっという効果音付きで綻んで村田は思わず首ごと視線を逸らした。良い男がバックに花を背負うのはセオリーだが、花を飛ばすのはタブーなのだと初めて知った。

 

「ですから」

 

大胆にも大賢者のベッドに腰掛けていた彼はすくっと立ち上がりカツカツと靴音を響かせて村田のもとへと向かってくる。そのとき少年は扉を閉めてしまったことを深く後悔しながら、思わず後ろ手にドアノブを掴んだ。

 

「俺は迂闊でした」

 

しかしそんな村田の逃げ腰体制にも気づかないのか、コンラートは涼しげな顔に憂いを宿して大げさに溜息をつく。もし今ここに女中でもいれば文句なしの一発KOで彼の横顔にストンと落ちるに違いないが。

 

(うわあ、うさんくさー…)

 

残念ながら、唯一の相手である大賢者様はピュアな乙女心を持つにはいささかいろんな思い出を抱えすぎていた。

 だがもちろんコンラートはそんな村田の引きっぷりなんて露知らず、トパーズ・アイに散る銀の虹彩をキラキラさせながら言い募る。

 

「猊下がよもや、あの時のお方だなんて思いもせず」

「あの時?」

「ロドリゲスが持っていた魂がまさか貴方のものだったとは」

 

ああ、と思わず村田は納得する。なんてことはない。村田は魂だけの存在の時分に、同じく魂だけの渋谷有利を運んでいた彼と会っているのだった。

 

「なんだそのこと?」

「猊下!!これは運命ですよ?!」

「なんでそうなるのか全くもって見当もつかないんだけど」

「生まれる前に出会っている相手が運命のひとというのは神代からのセオリーじゃないですか」

 

大真面目にきっぱりと言い切る目の前の色男に、村田はその場に氷点下の風が吹き荒れるのを確かに感じた。大体君神代って、魔王に忠誠を誓う身じゃないの、なんてツッコミを入れる気すらもはや削がれた。

 

「………それだって君が僕の部屋にいる理由にはならないと思うんだけど」

 

それでも何とか搾り出した村田の言を、しかし男は、おぞましいほど彼に似合う微笑でもって迎え入れる。

 

「何を仰います、猊下。運命の相手と結ばれるのは世界の法則です」

 

さあレッツカムイン★

 

 ……とでも言い出しそうな様子でうきうきと両手を広げるコンラートに、村田が通販仕込みの強烈な突きをお見舞いしたことは言うまでもない。