trick!

 

 

 

 

 

 目の前にある細い首すじにコンラートは一瞬だけ目を瞠る。そうして冷静にちらりと相手に視線を送った。すると、華奢な手足を惜しげなく晒した格好で少年賢者は男に微笑みかけた。

 

 かといって、いただきます、と押し倒すのもつまらない。

 

 現状を把握したコンラートは、一筋縄ではいかないとびきりの笑顔にこちらもにっこりと笑みを返す。

 

「猊下」

「なに?」

「お降りになっていただけますか?」

 

紳士な男の対応に、村田は心底驚いたように目を開く。

 

「どうして?僕じゃ不満なの?」

「………」

 

薄い唇を僅かにあけて魅力的な瞳を揺らす目前の少年に、ごくりと鳴りそうになった喉を、優秀な剣士である彼は持ち前の意思の強さで克服する。

 

「そうではありませんよ」

 

やさしく頬を包みこんでくるつめたい手を、自前の男っぽい指で逆に撫ぜ上げると、かち合う瞳が初めて揺れた。この世で最も美しく気高い、彼だけが持ち得る漆黒の宝石が何かに疼くように煌くのを見て取ってコンラートは爽やかな笑顔を意識的に崩した。

 

「ただ、攻められるのが趣味じゃないだけです」

 

うっすらと目を細めて効果的に口の端を上げると、眼前の笑顔が脆くも崩れ去る。

 

「つまんない男」

 

心底興ざめだと言うように吐き捨てる相手がおかしくてコンラートは胸の内で笑った。花がほころぶような愛らしい微笑を見事に脱ぎさって鼻白む彼の細い腰を掴むと、ぴしゃりとはたかれた。さすがに素の彼は容赦がない。

 

「いいよ、僕の負け」

 

つまらなそうに村田はそう言ってすたんと裸足で大理石の床に下り立った。それからスタスタと未練のかけらもない足取りでドアへと向う。

 白いシャツ一枚しか羽織っていない彼は細い二の腕から指先までを晒しているばかりか、太股から足先までは布きれひとつ覆っていない。そのままドアノブに手をかける相手に、さしものコンラートも思わず僅かながら腰を浮かした。

 そうして止めとでも言うかのように、村田は背を向けたまま背中の向こうにいる男に告げる。

 

「渋谷で口直ししてくるから」

 

ガタン、と音がしたのとそれはほとんど同時と言っていいだろう。気づけばドアノブを握ったはずの村田の手は、彼より大きなてのひらによって阻まれていた。

 やれやれ、と息を吐いてコンラートは捉えた村田の手をそのまま口元に運ぶ。

 

「困った人だ」

 

心の底から呟くと、ななめ下には綺麗な笑顔が待っていた。