白く積もる

 

 

 

 

 

 一面の真っ白な雪の中で佇むその人の姿は形容し難いほどに美しかった。この、魔族の土地にも人間の土地にも、そしてきっと神の土地にも分け隔てなく降り積もるのだろう白い結晶は、ただ彼のためにあるのだとそのとき言われてもコンラートは一縷の疑いも持たなかっただろう。

 それほど銀世界に立つその凛とした佇まいは彼を魅了して止まなかった。

 

 白と黒のコントラストなんていう安易な言葉では語れない圧倒的な対立がそこには有り、けれど彼らは見事に溶けあっているようにも見えるのが不思議だった。

 それはきっと彼に魅せられた白の要素が少年を愛して止まないからだと思うのは、自分が相手に懸想しているからかもしれないと内心コンラートは苦笑する。

 

 しかしいかに要素と言えど目の前のひとをそうやすやすと手渡す気は無論ない。

 サクリ、と季節特有の足音を響かせて獅子は踏み出す。

 

 ふぁさり

 

「―――ウェラー卿?」

「体が冷え切っていますよ、猊下」

「ああ、ごめん。冷たいかい」

「いいえ」

 

緩くやさしく、細い肢体を包むとひやりと冷気が伝わってきて、彼が随分長い間そこにいたことをコンラートは知る。自分の名を呼ぶ彼の口からふわりと白いもやがこぼれた。

 それを見たコンラートは眉根を潜めてくるりと村田を反転させる。

 

「ウェラー、」

 

不思議そうに村田は彼の名を呼ぶがみなまで言うことは適わなかった。

 言の葉を紡ぐ唇がいとも簡単に塞がれたからだった。黒目を大きくして驚く村田が認識したのはまず綺麗な茶の鬣で、それは相手の瞳をちょうど隠してしまう。

 前髪ちょっと伸びすぎじゃない、なんて村田が冷静に考えているのは今のコンラートが、いつも見せるような余裕を携えていないのを可愛く思ってしまったからかもしれない。

 

「どうしたの」

 

ふっと、口付けた時とは対照的にやさしく離れていく唇を、村田は少し名残惜しいと思ったけれどもちろん相手に教えてやるつもりもない。口の端を少し上げて笑みすら浮かべながら村田は目の前の男前に静かに尋ねた。

 

「猊下、どうして貴方は双黒など身に宿していらっしゃるんですか」

「……どうしてと言われても」

 

相手の思いもよらない苦言に村田は少し面食らう。第一、彼とて好きで目と髪が黒のDNAを持つ日本人に生まれてきたわけではないし(別にそれに不都合を感じてはいないが)、好き好んで魂の堂々巡りに巻き込まれたわけでもない。

 しかし村田の思考など知らないコンラートは口づけの代わりとでも言うように村田を正面から抱き締めた。

 

「貴方が大賢者の生まれ変わりなどではなくても、俺は貴方を見つけますよ」

「………」

 

脈絡もなくなんて殺し文句を言いだすんだこの男は、と村田がほとんど愕然とするような思いになったのも無理もない。

 

「何の話?」

 

思わず聞き返す声は彼の胸元でもごもごとこもった音になってしまった。それはコンラートの腕が村田をしっかりと抱いている証のようで、口付けなどよりよほど恥ずかしいように村田には思えた。

 

「貴方の黒に魅了されるのは人だけではないということです」

「はあ?」

 

意味不明な言葉の羅列に村田は頓狂な声を出して上を見上げた。するとそこには彼にしては珍しい、心の底から悔しいと思っているような表情をその人好きする顔に浮かべているコンラートがいて、つい「あ」の形に開いていた口を閉じてしまう。

 

「!」

 

しかしそこに待ってましたとばかりに再び落とされたやさしい口付けに村田がしまったと思ってももう遅い。

 くいと彼の細い腰を引いて、抗おうとする動きを封じたままに深めていくコンラートの無礼を非難する声は、白の世界には存在しなかった。