ベイベ★

 

 

 

 

 

 この世界における美、の基準の最高峰には、純日本人であれば誰もが持ちうるはずの「黒目黒髪」が位置しており、それらを具え持つものは世界にふたつとないほど稀有であるとされている。その価値は計り知れないが、実のところ眞魔国には、その滅多にないはずの貴重な双黒が集約されている。集約といってもたかだか二人なのだが、本来ならば存在すること自体が奇跡なのだから、驚くべきことではある。

 

 ひとりは近年眞魔国第27代魔王に即位した、渋谷有利。もう一人は、渋谷有利の親友にして、眞魔国初代魔王眞王と唯一対等であったとされる「双黒の大賢者」、村田健。

 

 眞魔国のツートップであるこの2人は、彼らが共有するもう一つの世界である地球において同級生という立場にあり、非常に気が合うためこちらの世界でも行動を供にすることが多い。それに関して周りの反応は悲喜こもごもだが、伝説レベルの美が二つ並ぶと、極上の鑑賞を通り越して公害となるから考えものだ。人々は余りの視覚刺激に耐えられず、彼らを遠巻きに見ただけでもばったばったと倒れてしまい、声まで聞いてしまおうものならフォンクライスト卿並の錯乱があちこちで起こってしまうのだから手に負えない。アニシナでなくとも、眞魔国の行く末を心配してしまうというものだ。

 

「村田ぁー」
「んー?」
「汗かいたからべとべとして気持ちわり―の。風呂行こうぜ風呂!」
「いいけど、おまえあのお風呂を銭湯に行くみたいに言うなよ。おぼろげに記憶があるとはいえ、はじめて入ったときはさすがに引いたぞ、王様仕様」
「あーあれ、おれも最初は引いた。慣れってこえーよなあ」
「しかもなぜか場違いなアヒルがいるし」
「な、ほんとこの世界の常識にはついていけねーよ、美意識もおかしいし」
「まったくだ」

 

しかしながら、当事者である、この世で最も高貴で美しい双黒の所持者である二人組はその貴重性を全く自覚していなかった。二人して大げさに肩をすくめて、荘厳な廊下をぺたぺたと進んでいく。外の暑さとはうって変わって、大理石もどきのひんやりとした感触が剥き出しの足裏に気持ち良い。

 

「陛下!猊下!」

 

雑談をしつつだらだらと浴室に向かっていると、ヒステリックな声と共に文字通り髪を振り乱しながら突進してくる金髪の美丈夫に出くわしてしまい、ユーリと村田は思わず回れ右をしたくなった。しかし、求める安らぎの場所は、彼の向こうにある。無論浴室なんぞこのどでかい城には笑ってしまうほど存在するが、彼らがゆっくりと羽を伸ばす場所となると、限られてくる。うっかり誰でも出入り可能の公共浴場なんぞに入ってしまったら、湯船のお湯の色が二つ以上の意味で赤に変わりかねない。そんなおぞましい事態を防ぐためにも、王しか入れない(はずの)王様御用達風呂に行かねばならないのである。皆のためにも、当人たちのためにも。

 

「またそのような格好で!!御足をむやみにさらすのはおやめくださいとあれほど申しましたのに!!私の前だけでしたらまだしも…はっ!いえいえ何でもありません!!」

 

リトル松井もびっくりの俊足で近づいてきたギュンターは必死に怒り顔をつくるが、鼻血寸前の顔で言われても説得力はゼロである。

 

「なんだよギュンター、かたいこというなってえー。この国暑すぎて靴下も靴も履いてらんねえよ」
「そうそう、思った以上に暑いよね。こっちにいたのってもう何千年も前のことだから、忘れてたよ。よかったらフォンクライスト卿も一緒にどう?」
「なっ!ななっ!!猊下?!本当ですか?!本当に宜しいんですかっっっ?!」
「う、うん……、いいからそんな美形を暑苦しくして寄ってこないでくれ…」

 

美形なのに暑苦しいって、容易に想像できない壮絶さである。

 

「陛下と猊下とお風呂…………ッ、ギュンター、幸せすぎてこのまま死んでしまいたいです…ッ」
「では死ね」

 

ドゴ、という聞きなれない音と共に絶対零度の声が聞こえたかと思うと、目の前の超絶美形の大柄な体が崩れ落ちると同時に、そのうしろからこれまた驚くほどの美少年が姿をあらわした。頭の上からしゅうしゅうと湯気を出しながらギュンターはピカピカの床の上に倒れ付した。哀れ、王佐。

 

「あ、ヴォルフ」
「おー、フォンビーレフェルト卿。踵落としとはなかなかやるね」

 

長い足で見事な踵落としをお見舞いした金髪碧眼、外見的には非の付け所のない美少年、フォンビ―レフェルト卿ヴォルフラムはモデル立ちで偉そうに二人を見下ろす。(たいして身長は変わらないが)

 

「ユーリ!ムラタ!貴様ら尻軽にも程があるぞ!!湯殿に男を誘うとは何事だ!!」
「俺は誘ってないって!村田が勝手にっ」
「えー、渋谷俺を売る気?ひどーい。ムラケンズの仲なのにい。大体、男同士で誘うもなにもないでしょ」

 

村田の意見は至極最もではあるが、眞魔国においてはその常識は残念ながら通用しない。その証拠にヴォルフラムはゴロン、と足で見事に伸びているギュンターを転がした。

 

「それはこれをみても言えるか?」
「………」

 

伸びてなお、我が人生に悔いなしとでも言いたげな表情は、美形を持ってしてもスケベ親父の感をぬぐえない。

 

「まったく、だからお前たちは自覚が足りないと言うんだ。見目が良いのはしょうがないとして、二人そろって慎みがないとはどういうことだ」

 

だから俺は誘ってないってー、というユーリの言葉は黙殺される。

 

「僕が目を離すとすぐこれだ。僕だって暇じゃないんだからな!さあ、そうと決まったらさっさと行くぞ!」
「あれ、君も一緒に行くの?」
「無論だ!二人そろってへなちょこの尻軽だからな!僕がいなければどんな間違いがあるかわからない!」

 

新米魔王のユーリはともかく、大賢者である村田までをもへなちょこ扱いするあたり、さすがわがままプーである。さも当然と言い払ったヴォルフラムに、しかし待ったがかかった。

 

「ヴォルフ、それは無理」
「なに?!」
「村田と風呂入れるのは俺だけだからさー、いくらお前でも入れてやれねーなっ!」
「ユーリ貴様ーッ!またムラタを独り占めかー!」
「まーったく、婚約者だからって所構わずいちゃつくのはどーかと思うよ?」

 

ひとり、論点のずれている大賢者様。

 

「はい、王様命令ねー」
「―――――ッ!」

 

陛下トトならぬ猊下トト、目下、陛下が一人ばく進中。