受信メール、一件

 

 ほどよくすいている昼過ぎのマック。ウィンと音を立てて開いた自動ドアに迎えられて、暖かい空間に足を踏み入れた栄口はぶるると体を震わせた。外の寒気との差が激しくてずず、と鼻をすする。どうやら鼻水さえも鼻の奥で凍ってしまうほど、今日は寒いらしい。

 さて目当ての人物たちを探す前にまず何か頼もうとカウンターに向かうが、

 

「栄口!こっちこっち」

 

一足先に相手の方が彼を見つけたらしかった。栄口が店の奥を見遣ると見慣れた顔がひとつふたつみっつ、端の4人掛けソファ席を陣取っているのが見えた。

 にこりと笑って手だけ振ると相手方は満足したようだ。早く来いよ!と口パクで言う泉。両手に持ったハンバーガーをそのままにぶんぶんとこちらに向かって手を振る三橋。(わ、中身こぼれるぞ!)「さっかえっぐちー!!」と店内の喧騒もなんのその、良く通る声を上げる田島。

 

 懐かしい光景だなあと、ふふ、と笑う。

 

 彼らが3人一緒にいるのを見るとまるで高校時代にタイムスリップでもしたかのような既視感に襲われる。1年の頃に同じクラスだった泉と田島と三橋は、クラスが変わってもずっと仲が良かった。おそらく卒業したあともその関係は変わっていないのだろう。栄口だってもちろん一人1人とは会うし、電話やメールもするけれど、3人でいるときの彼らの雰囲気はどこか特別だ。上手く説明は出来ないけれど、友人というよりは兄弟の距離に近いかもしれない。

 

 泉が兄で、田島と三橋は双子っぽいかも、なんて思いながら、栄口は注文をするべく、カウンターの向こうのお姉さんに笑顔を向けた。

 

 

 トレイにバーガーとポテトと飲み物、というお決まりのブツを載せて3人の元にたどり着いた栄口を待ち構えていたのは、残骸たちで軽くカオスと化したテーブルの上で、たまらず笑ってしまった。

 

「やべっ、泉に怒られる!片付けるぞ三橋!」

「あ、あ、うん!」

「おせーよおめェら。栄口が食べるスペースねェだろ」

 

さっさと片せ!という司令塔のお言葉に慌てて動く田島と三橋がやっぱり可笑しくてトレイを手にしたまま爆笑だ。

 2人は豪快に包み紙やらペーパーやらをひとまとめにして端に寄せて1人分のトレイが置けるスペースを即座に確保した。

 

「よし!」

「よしじゃねェ!」

 

満足そうに腕を組む田島にすかさず泉のツッコミが入る。バシッとはたかれる田島を見て三橋が目に見えてびくついた。

 

「ははっ、いーよ、食べられればいーし。あとで全部まとめて捨てればいいじゃん」

「だよなー!さすが栄口、ハナシが分かるな!ゲンミツに!」

 

田島の口癖も相変わらずだ。

 

「ったく、あんま甘やかすなよコイツらを」

「お兄ちゃんだねえ、泉」

「うっせー」

 

言い返しながら泉が席を詰めてくれたスペースに栄口は腰を降ろした。前には田島、その奥に三橋が座っている。2人並ぶ姿を見ると、本当の兄弟にだって見えてきそうだ。

 

「相変わらず仲良いねェ」

 

思わず感想を漏らすと、「おう!」と田島は拳を揚げ、うひ、と三橋は照れ、泉はあからさまに疲れた息を吐いた。

 

「栄口だって阿部と仲イーじゃん」

「へ?」

 

目の前の光景にのほほんとしたところで、いただきまーす、とバンにパクつこうとしていた栄口は、おもむろに向けられた言葉に「あ」の形のまま止まってしまった。

 

「だって一緒に住んでんだろ?」

「は?!住んでないよっ」

「えー?泉前言ってなかったっけ?」

「いい、言って、た!」

 

珍しく三橋も積極的に参戦してきて、2人して泉と栄口を交互に見てくるものだから栄口はう、とたじろいだ。

 

「泉…」

 

興味津津!と顔に書いてある2人の視線から辛うじて逃れて隣を睨みつけると、泉はしらじらしく天井を仰いでいる。

 

「オレは一緒に住んでるなんて言ってねーよ。前栄口ン家行ったら、阿部がいたって言っただけ」

「同じことだろ!!」

「なんだよ、どっちだよー」

「ええと…」

 

これは早いうちに誤解を解かないとマズイ、と栄口は思った。何がマズイのか、彼自身きちんと飲み込めていなかったけれど、とにかくこれ以上事を大きくするわけにはいかない。

 食べようとしていたバーガーを置いて、飲み物で喉を潤して、改めて餌を待つ犬のようにこちらを見ている2人に向き直った。

 

「一緒に住んでるわけじゃないけど、部屋が隣同士なんだ」

「はー?それ一緒に住んでるも同然じゃん」

「どう、ぜんっ!」

「ほらな?」

「だから、偶然なんだって!」

「ええー、なに、阿部と栄口って付き合ってンの?!」

「付き合ってねーよ!」

 

どうすればそこまで話が飛躍するんだ!と栄口は必死で否定するが、「それってどーせー?!」などと、走り出した田島の暴走は止まらなくて、懇切丁寧に、高校時代に古典を教えたとき以上に噛み砕いて事の経緯を説明し、およそ半刻ほどを費やしてようやく。

 

「へェー、偶然お隣さんだったんだな」

「そう。まさか引っ越した先に阿部がいるなんて思いも寄らなかったからビックリしたよ」

「びび、っくり!」

「うん、そうだよな。三橋だったらもっとびっくりだよな…」

「つーか最悪だな。オレだったらもう一回引っ越す。敷金礼金無駄になってもゼッテー引っ越す」

 

泉は阿部に関してはいつだって直球ストレートだ。

 

「なーんだ。オレ、てっきりどーせーしてンだと思って水谷に言ったら、あいつなんかシラネーけど泣いてたぞ」

「……」

「まァ水谷ならいンじゃね」

 

引っ越す前、あんなに「栄口ンち絶対行くから!!」と言っていた水谷が何度呼んでも来ようとしなかったのはそういうわけかと、被害が既に拡大していることを知って栄口はがくりとうなだれた。

 そう言えば引越してからこのかた、家族と大学の友人を除けば泉くらいしか自分の部屋を訪れていないという事実に思い当たって栄口はひどく居たたまれない思いに駆られる。

 

 花井も巣山も沖も西広も。

 やんわりと断ってきたその真相がコレか。

 

 ちなみに田島と三橋は大学の部に所属しているためシーズンオフになるまでは練習に試合にと忙しく、とてもじゃないけれど家に呼ぶなんて思いも寄らなかったのである。

 

「まあ、だから同棲も同居もしてないからさ…」

 

しかしこれで、これ以上の誤解は防げるはずだ。斜め前で三橋がこくこくと頷くのを見て栄口はほっと胸を撫で下ろした。

 

「オレ、栄口くん、ち、行き、たいっ!」

「あー三橋ずりぃ!オレもオレも!」

「うん、いつでも来なよ〜」

「お前らもれなく阿部がついてくるの忘れンなよ」

「ついてこないし!」

 

しつこい泉に栄口がバシッ!とかなり本気のツッコミを入れたちょうどそのとき、トレイに載せていた栄口の携帯がヴゥゥンと音を立てた。つい、反射でプライベートウィンドウを確認して、

 

「!」

 

過剰に反応してしまったのがまずかった。栄口の様子に目ざとく気づいた泉が横からひょいと覗いてきて、その邪気のない動作に一瞬反応が遅れてしまう。

 

「げ、阿部じゃん」

「…!」

 

まさかこのタイミングで。

 

「阿部?!なんて?!」

 

青くなる栄口を尻目に残り3人は興味津々だ。栄口は体を引くけれど、もちろん後ろは逃げ場のないソファの背もたれなわけで。

 

(だ、大丈夫だ!オレと阿部は別になんもないし!)

 

あってたまるかと思う一方で、妙に焦っている自分に気づいてもいる栄口は、阿部が自分と2人だけの時に見せる表情やら態度やらを思い出してしまって、ぶんぶんと首を振った。

 

 脳裏に浮かぶものを弾き飛ばすかのように勢いよく、カパッと携帯を開ける。阿部からのメールなんて、いつものことだ。見られてマズイものなんか何もない!と、ムニ、と受信メールを押した栄口の目に飛び込んできたのは。

 

 

 

 Fromm      阿部隆也

 Subject  無題

 

 今日のメシなに?

 

 

 

「………」

「………」

 

覗きこんでいた隣の泉が沈黙してしまったのは、栄口にとっては非常に思わしくない事態であるといえた。

 

「なに、なんて書いてあったの?!」

「な、な、なんてっ」

 

興奮気味な2人を目の前にして、しかし動くことも出来ない栄口に、弟陣と、当の栄口を泉はしばし交互に見ていたけれど。

 

「……新婚さんかよ」

 

いっそ哀れむような、泉らしからぬキレのないツッコミがマックの一角で弱弱しく発されて栄口は、余計に恥ずかしい思いをしなければならなかったのだった。