「お前ら何だかんだ言って仲良しだよな」
「栄口が今日不機嫌だった件について」 「ゲンミツに阿部、説明しろよな！」 「うっせーよ別になんもねェよ」 「とか言ってますけど、実際どうなわけ栄口と同じクラスの巣山氏」 「ああ、明らかに阿部に怒ってたな、アレは。今日は教室でメシ食うってよ。何したんだよ？」 「…………」
よく晴れた昼休み。外の空気は清清しいほどに乾いていてやや寒めではあるが、風がないため昼下がりの暖かな日差しで十分にしのげる程度の心地よい、そんなある日。
屋上の片隅を陣取った野球部の面面のさらに端。 阿部を中心ににじり寄るように挟んでいる泉と田島と、無理やり連れてこられた被害者巣山。かと思えば案外ノリノリないぶし銀坊主頭は普通のジャージをさり気なく着崩すなんていうオシャレ上級者っぷりを如何なく発揮しつつ、立てた膝に顔を載せてにやりと口の端を上げる。
「巣山笑い方がゲンミツにエロい」 「おめェに言われたくねェ！」
そんな田島の瞳は好奇心でいっぱいだ。泉はと言うと、彼だけは残り２人とは違って少しばかり怒気をあらわにして阿部に詰め寄る。
「さっさと白状しとけ。じゃねーとしばらく栄口には触らせねェ」 「何でお前の許可がいンだよ」 「栄口本人から言われてンの。しばらく阿部と距離を置きたいって。どーゆーことか分かるだろ？」
栄口はもちろん泉にナイトを頼んだりはしない。しかし彼の口から阿部お触り禁止令が出れば、頼まれなくても泉は栄口の対阿部的防御壁の役割を買って出る。知らないのは本人のみ、西浦部員暗黙の了解事だ。ちなみにその難攻不落ぷりは言うまでもない。
「まァ栄口、かなり警戒してるみてーだし、今回は阿部だけで解決すんのはむずかしーんじゃねェか？」
暗に、白状すれば仲裁を買って出ても良いと言う巣山のありがたいお言葉に阿部の心は正直、だいぶ揺らいだ。巣山と栄口は同じクラスで、栄口がこの頼りがいのある坊主に全幅の信頼を置いていることを阿部はよく知っている。そりゃあもう、時々と言うか割と頻繁にその形の良い後頭部を後ろからどついてやりたい衝動に駆られるくらいには。
チッ、と２時間ドラマのチンピラのような舌打ちをひとつして阿部は嫌々ながら事の成り行きを話し出した。
＊＊＊
阿部と栄口は仲がいい。 それはもう、同級生だとかチームメイトだとか、副主将同士だとかそんな枠からははみ出してしまっているという意味で、仲がイイ。
だから２人きりのときに手を握ったり体を寄せ合ったり頬をくっつけたりするなんてことはしょっちゅうで、キスだってそれ以上のことだって、しちゃっている間柄なのだ。というか阿部はむしろそれこそがしたい。したくてしたくて我慢出来なくなって自分の気持ちに気づいたくらいだから。 だけども栄口勇人は見た目に負けず劣らず性格も愛い奴で、とにかく恥ずかしがり屋だ。未だに部員に自分達のことはバレてないと思い込んでいるし、バレたら恥ずかしくて死んでしまうと本気で思っている。 だから西浦野球部員は細心の注意を払って、自分たちが２人の関係を知っていることを、栄口に気づかれないよう努力している。
まァそんなわけで、本日も２人はベタベタしていた。 というか、阿部が一方的にベタベタ触りまくっていた。どのように触っていたかと言うと、色々と問題があるので割愛したい触り方だ。
「ちょ、と、阿部」 「なに」 「なんか近いっつーか、あんま触んないで」 「なんで？」 「なんでって…」 「だってお前があったかくて気持ちいーからイチャイチャしたいって」 「言ってない！！そんなことは言ってない！！」
阿部の腕の中にすっぽり収まっている栄口はぶんぶんと勢いよく首を振った。なに勝手に脚色してんだよ！と。 ちなみに腕の中に収まっているというのは文字通り、阿部の両足の間で前を向いて腰掛けている栄口を、阿部がぎゅうっと背中からがっちり抱き締めているのだ。空腹でもないのにお腹と背中はくっつき放題である。
「オレはやり残したボール磨きをしたいっていったんだよ…」 「磨いたじゃねーか。そしたらお前があったかいって」 「……言ったけど」 「このまま寝たら気持ち良さそーってオレの方に寄って、」 「ああ！寄ったよ！！確かに阿部の肩借りてちょっとだけ寝ようとしたのはオレだけど！それがどうしてこの体勢になるんだよ！」
重複するが、この体勢というのはいわゆる後ろから抱っこのことだ。
「嫌なのか？」 「っ」
耳元で囁かれてビクリと栄口の体が震える。そんな低い声で吐息を零すなんてズルイと栄口は思う。
「嫌なわけじゃ…」 「じゃあいーだろ？」 「ひあっ！」
ベロリと耳の中を舐められて栄口は誇張でなく飛び上がった。が、その体は阿部にしっかり捕らえられているため勢いで逃げることも叶わず。
「ちょ！阿部！嫌だ！やっぱ嫌！」 「ヤじゃねーって言ったじゃねェか。男に二言はねェ」 「や、あるから！だいぶあるから！」 「なんで？」 「だって明るいし！」 「何だよ、いっつも電気なんか消さねェじゃん」 「それは阿部が消すなっていうから、って明るいの意味が全然違う！」
ジタバタ暴れる栄口なんて阿部にとっては抵抗のうちにも入らない。伊達に捕手をやってるわけじゃない。自分よりも一回りもデカイ選手とのクロスプレーでだって引けを取らない自信はある。腕の中にいる未だ発展途上の細っこい体を組み伏せるなんてあまりにも容易い。
仄かに紅く染まる襟足の下の首筋。 誘うように色づいたそこをベロリと舐め上げるとくん、と背筋が反る。同時に吐きだした熱い吐息を後ろからでだって感じ取った阿部の口角が上がった。
スス、とワイシャツの下に手をしのばせるとさすがに我慢が効かなかったらしく、腕の中の相手が微かな吐息を漏らす。そこに含まれる甘い響きを無論、聞きのがすような阿部ではない。それに気を良くして首筋をやさしく食みながら知り尽くしている相手の体の、弱い部分を執拗に責めた。
「や、めろ、よ…」 「やめられんの？」 「アベ…ッ」
＊＊＊
「…………なァ、ひとつだけ聞いていーか？」
淡々と、むしろいつもよりもオオマジメな表情で語る阿部の正面から、とてもとても冷静な挙手がなされた。膝の上に顎をのせたさっきの体勢のまま手を挙げる巣山の目に光る白い眼差しに、しかし気づくような阿部ではなく。
「あ？」 「阿部の話ちょいちょい気になるトコがあんだけどさ…。お前それ、どこでシたの？」 「は？どこってベンチ」
その時、その場に訪れた沈黙を想像して欲しい。
昼下がり、寒いけれど風がなくてなかなかに心地良い屋上。顔を上に向ければ遠い彼方に澄みきった青空が広がっている。
なんて爽やかな青春の１ページ。
――と、現実のこのギャップ。
「うーわー……」 「てめェ！球児にとってのグラウンドをなんだと思ってンだよ！２度と栄口に触ンじゃねェ！」 「阿部はヘンタイだな、ゲンミツに」
あの田島をして正論を言わしめる男、阿部隆也。彼に向けて惜しげもない罵倒が一斉砲火される一方で。
「み、みんな、なか、よし！」 「うん、そーだな。アイツらは何だかんだ言って仲良しだけど、まァそれは喜ばしいことではあんだけど、今行くのはやめとけ三橋」
三橋が目をキラキラさせて、仲間に入りたいとうずうずしているその首根っこをキャプテンは、主将のお勤め！とばかりにがっしりと掴んで彼があちら側へと飛び込んでしまう危機を何とか回避しているのだった。 |